甲状腺内科
甲状腺内科
甲状腺は首の前方でのどぼとけのすぐ下にあり、ちょうど蝶が羽を広げたような形で気管を抱き込むようについています。大きさは、縦が4cmほど、重さが20g以下です。薄く柔らかい臓器であり、はれがなければ首を触っても分かりませんが、少しはれると手で触れるようになります。さらに大きくなると首を見ただけではれが分かるようになります。
甲状腺は内分泌器官のひとつであり、食物(おもに海藻)に含まれているヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンを作る機能を持っています。甲状腺ホルモンは、新陳代謝の過程を刺激し促進する作用があります。また、胎児の発育や子どもの成長にも重要な役割を持っています。
甲状腺ホルモンには、4つのヨウ素を持つサイロキシン(T4)と、3つのヨウ素を持つトリヨードサイロニン(T3)の2種類があります。T4、T3の大部分は血中の蛋白質と結合しています。甲状腺機能を評価するために測定されるのは、実際に身体で働いているホルモン、蛋白質と結合していない遊離T4(Free T4=FT4)、遊離T3 (Free T3=FT3)です。
体内では、血液中の甲状腺ホルモンが常にほぼ一定の値を維持できるような仕組みが働いています。これをコントロールしているのが、脳の下垂体という部分から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)です。TSHは、甲状腺を刺激し甲状腺ホルモン(T4、T3)の分泌を促す働きをしています。血液中の甲状腺ホルモン(T4、T3)が多くなりすぎると、下垂体からの甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌が抑えられ、T4、T3の分泌も減少します。逆に血液中のT4、T3濃度が低くなると、TSHの分泌量が増えてT4、T3の分泌を促そうとします。こうした仕組みをフィードバック機構といいますが、これによって血液中のT4、T3の量は、常に一定の範囲を維持できるように調節されています。
※甲状腺の病気ではない他の病気が原因の事もあります
※甲状腺の病気ではない他の病気が原因の事もあります
※甲状腺の病気ではない他の病気が原因の事もあります
甲状腺の病気はホルモンの異常と腫瘤(しこり)に分けられます。
ホルモンの異常は、ホルモンが過剰となる甲状腺機能亢進症、不足となる甲状腺機能低下症に分類されます。腫瘤は、良性(腺腫、腺腫様甲状腺腫)と悪性(甲状腺がん)に分類されます。
橋本病は甲状腺に慢性の炎症が起きている病気であり、慢性甲状腺炎ともいいます。
橋本病は甲状腺の病気のなかでも特に女性の割合が多く、成人女性の20~30人に1人の頻度で見られます。橋本病は、橋本策(はかる)博士が1912年(大正元年)に世界で初めてこの病気に関する報告をされたので博士の名前にちなんでつけられた病名です。橋本病の原因は自己免疫の異常です。橋本病の方の全てが甲状腺機能低下症になるわけではありません。甲状腺に慢性の炎症が起こるのが橋本病ですが、炎症の程度が軽度であれば甲状腺機能は正常であり、炎症が進行すると甲状腺の働きが悪くなり、甲状腺機能低下症となります。
甲状腺機能低下症の明らかな症状がある方は橋本病の約10%で、約20%は症状のない軽度の低下症で、残りの約70%は甲状腺機能が正常です。
①甲状腺のはれ(甲状腺腫)
橋本病では甲状腺全体がはれて大きくなることがあります。このはれ(甲状腺腫)を健診などで指摘され、診断につながることがあります。甲状腺腫の大きさは、ほぼ正常なものから明らかに分かるくらい大きなものまでさまざまです。
②甲状腺機能低下による症状
甲状腺機能低下症は、血液中の甲状腺ホルモンが不足した状態をいいます。甲状腺ホルモンは代謝を調節するホルモンですので、不足すると次のようなさまざまな症状が現れます。適切な治療を行うと症状は改善します。
甲状腺機能が正常の橋本病の方は、甲状腺が原因で下記のような症状は現れません。
1)むくみ
皮膚を指でおさえてへこませても、元に戻るようなむくみが特徴です。全身に現れますが、特に起床時に手や顔がむくみ、昼頃になると少し改善する傾向があります。唇、舌、のどの奥の粘膜のむくみがあると、声が低くなりしゃべりにくくなることもあります。
(2)皮膚症状
新陳代謝が低下するため、皮膚も乾燥してカサカサします。汗が少なくなり、髪の毛が減ることもあります。
(3)寒がり
新陳代謝が低下し全身の熱の産生が減り、寒さに弱くなります。
(4)食欲がないのに体重増加
胃腸の働きが悪くなるため食欲が減り食べる量が少なくなりますが、新陳代謝が低下し、むくみが起こるため体重が増えます。また、お腹がはって便秘になります。
(5)脈が遅くなる
心臓の動きが遅くなり、脈の回数が少なく弱くなります。甲状腺機能低下症の程度が強い場合には、心臓を包む袋(心のう)に水がたまり、心臓が大きくなることもあります。
(6)無気力
ものごとに対する意欲・気力が低下し、忘れっぽくなったり行動的ではなくなったりします。すぐ眠くなる、口がもつれる、ゆっくりしたしゃべり方になることもあります。
(7)筋肉症状
筋力の低下や肩こりがひどくなることもあります。
(8)月経の異常
月経過多や長く出血することがあります。
(1)甲状腺機能検査
血液中の甲状腺ホルモン(FT3、FT4)濃度と甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定をします。そのバランスによって甲状腺機能が正常なのか低下しているのかを判断します。
(2)抗甲状腺抗体
甲状腺に対する自己抗体である抗サイログロブリン抗体(TgAb)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)の有無を確認します。
(3)一般検査で影響が出るもの
甲状腺ホルモン値が低い状態が続くと、血中コレステロール値が高くなることがあります。
甲状腺がはれているかどうか、腫瘍の合併がないかどうか確認するために行います。
橋本病の診断で行うことはほとんどありません。しかし、悪性リンパ腫をはじめ腫瘍を合併している場合には行うことがあります。
(1)内服治療
甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンが足りない状態)になっているときには、治療が必要となります。この場合、適切な量の甲状腺ホルモン薬(商品名:チラーヂンS®、レボチロキシンナトリウム錠「サンド」®)を内服し、足りないホルモンを補充します。 チラーヂンS®などの甲状腺ホルモン薬は半減期が約1週間のため、服用し続けていれば服用時間がずれても血中濃度の変動はほとんどありません。そのため、いつ服用しても、血中濃度の時間帯による効果の違いもあまりありません。甲状腺ホルモン薬は人間の甲状腺ホルモンを化学的に合成したものなので副作用はないはずですが、ごくまれに、錠剤にするための成分、賦形剤、着色料などによりアレルギーを起こすことがあります。
(2)治療について
甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモンの補充治療を行いますが、甲状腺機能が正常な場合は基本的には治療は必要ありません。しかし、妊娠中など特殊な状況では機能正常でも内服治療を行うことがあります。
(3)治療上の注意点
一時的な低下症の場合はその後徐々に薬の量を減らせる場合がありますが、永続性の甲状腺機能低下症の場合は適量を継続する必要があります。
治療を行わず低下症が続くと代謝がおちるため、血中コレステロールが高値となり動脈硬化を早めたりすることもあります。また、内服量が多すぎる場合は心臓や骨に負担がかかることがありますので、定期的に検査をして適量の甲状腺ホルモン薬を内服することが大切です。
(1)甲状腺機能正常の方、治療によって甲状腺ホルモン値が正常な方は、日常生活の制限はありません。スポーツや旅行なども問題ありません。
(2)低下症の程度が著しいときには、スポーツなど激しい動きをすると筋肉痛が続くことがありますので、ホルモン値が改善するまでは安静が必要な場合もあります。
(3)甲状腺機能低下症で内服治療を行っている方は、毎日服用を継続する必要があります。長期間服用を中止すると機能低下の状態に逆戻りしてしまいます。
ヨウ素を多く含む昆布を大量に摂取しつづけたり、風邪の予防でヨウ素含有のうがい薬で毎日うがいをしたりすると、甲状腺機能に影響が出ることがあります。
内服治療を行っていても、甲状腺ホルモン値が一時的に変化したり次第に低下することがあり、定期的な血液検査を受け内服量の調整が必要です。甲状腺腫の増大や体調の変化があるときには予定よりも早めに受診をしてください。
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる状態である甲状腺機能亢進症を起こす代表的な病気です。バセドウ病という病名は1840年にこの病気を研究発表したドイツ人医師カール・フォン・バセドウにちなんで名づけられました。
女性に多い病気であり、男女の比率は男性1人に対して女性5~6人程度です。20~50歳代の方に発症することが多く、なかでも20~40歳代の方の発症が最も多く認められます。
バセドウ病は複数の原因が関与して発症すると考えられています。現在でも明確な原因は特定されていません。
症状
①甲状腺腫
バセドウ病では、多くの場合甲状腺が全体的にはれる「びまん性甲状腺腫」を認めます。なかには甲状腺のはれに左右差がある方や、はれをほとんど認めない方もいます。
甲状腺ホルモンは身体の代謝を促すホルモンです。甲状腺ホルモン過剰の状態では代謝が異常に高くなり、全身が休むことなく活発に働き続けてしまいます。このため、多汗、暑がり、食欲亢進、体重減少などの症状が起こります。また、内臓の働きも活発になり、特に心臓は影響を受けやすいため、動悸、頻脈、時に不整脈や心不全などを引き起こします。腸のぜん動運動も活発になり、便通の異常(軟便、下痢、頻回な便通)も認めます。ほかには手足のふるえ、筋力低下、倦怠感などもよくみられる症状です。精神的な不安定さ、不眠、集中力の低下なども生じ得るため、大人では仕事の能率の低下、子どもでは成績の低下がみられることもあります。血液検査では、代謝亢進によりコレステロール、中性脂肪などの脂質の低下や血糖の上昇を生じることがあります。骨の代謝(古い骨を吸収し、新しい骨を作る代謝)も早まるため、新しい骨が十分に作られずに骨密度が減少することが知られており、特に閉経後の女性や高齢の方では骨粗鬆症のリスクも高くなります。
これらの症状は甲状腺ホルモン過剰に由来する症状であり、ホルモン正常化後には軽快しますが、不整脈や心不全については長引くこともあり、この場合は循環器内科と併せて治療を受けていただくことが必要です。
また、喫煙はバセドウ病の治療効果を妨げるため、禁煙することも非常に重要です。
十分な治療を行っていない甲状腺機能亢進症の方が、強いストレス(外傷、感染症、甲状腺以外の手術など)を受けたときに起こりうる多臓器不全の状態です。治療開始早期や不規則内服、検査のための休薬などが誘因となって発症することがあります。症状は、意識障害、38度以上の発熱、頻脈(1分間に130回以上)、下痢などの胃腸の症状、黄疸、心不全などです。現在は治療法も進歩していますが、それでも命をおとす危険性もあります。適切な治療を受け、甲状腺機能を安定した状態に保つことが大切です。
甲状腺機能亢進症の方で、暴飲暴食(特に炭水化物やアルコールの大量摂取後)や激しい運動をした翌朝などに手足が動かなくなることがあります。これは血液中のカリウム(K)というミネラルの急速な低下が原因で生じるもので、アジア人の男性に多いことが報告されています。
古くから有名な症状のひとつでもある眼球突出をはじめとした目の症状(甲状腺関連眼症)は、バセドウ病の特徴的な症状です。甲状腺機能亢進症の診断と同時に甲状腺関連眼症を呈する方が多いですが、治療開始後に眼症を発症する方や、眼症のみ先に発症し後から甲状腺機能亢進症を発症する方もいます。眼症は甲状腺機能の改善のみでは軽快しないため、専門の眼科での検査や治療が必要となります。
(1)眼球突出
眼球の後ろにある脂肪組織や眼球を動かす筋肉が炎症やむくみによって肥大し、眼球が前方に押し出され眼球突出がおこります。突出の程度が大きい場合には、眼球表面の結膜の発赤や角膜の潰瘍が起こり、痛みを伴うこともあります。
(2)眼瞼(がんけん=まぶた)後退
上まぶたを上げる筋肉の緊張や炎症により、まぶたが下がらなくなることによって起こります。甲状腺ホルモンが高いときに筋肉の緊張から眼瞼が後退することがあり、これは抗甲状腺薬でホルモンを正常化させると改善することもあります。しかし、炎症のため眼瞼後退が現れている場合は、眼症そのものの治療が必要となります。
(3)複視
眼球を動かす筋肉に炎症が起きると筋肉がはれ、動きが悪くなります。このため左右の眼球が同じように動かず、物が二重に見えることを複視といます。
これらの眼症状は喫煙によって増悪することが知られています。専門の眼科での治療によって症状の軽快は期待できますが、禁煙も非常に重要です。
前脛骨粘液水腫は、足のすねから足首周囲の皮膚の一部が腫れて色が赤黒くなる皮膚の症状です。ステロイドによる治療で軽快する報告もありますが、効果には個人差があります。
甲状腺ホルモン(FT3、FT4)濃度の上昇、甲状腺刺激ホルモン(TSH)濃度の低下、TSHレセプター抗体(TRAb・TSAb)の高値などが認められます。
甲状腺の大きさや腫瘍の有無を確認します。
脈拍の数や不整脈の有無、心疾患の有無を確認します。
バセドウ病の治療には内服薬(抗甲状腺薬)による治療、アイソトープ(放射性ヨウ素)治療、手術の3つの方法があります。
まずは内服薬の治療を開始することが多く、病状の経過や、腫瘍合併の有無、眼症の状態などによってほかの治療を検討します。
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬、無機ヨウ素)を規則的に服用する方法です。
・抗甲状腺薬
抗甲状腺薬にはチアマゾール(メルカゾール®)とプロピルチオウラシル(チウラジール®/プロパジール®)の2種類があります。
即効性のある薬ではありませんが、服用開始から2~3週間で効果が現れ、2~3ヶ月程度で正常範囲までホルモンが下がります。また、治療開始後2~3ヶ月間は副作用が起こりやすい時期であり、この間は2週間毎の通院が必要です。病状によって適切な量の薬を継続的に服用いただくことで甲状腺ホルモンが正常に維持されます。甲状腺ホルモンが低下したからといってすぐに投薬を中止してしまうと、ホルモンはすぐに上昇してしまうため、処方どおり内服を継続することが大切です。
内服治療は少なくとも2年程度は必要となることが多く、それよりも長い期間の内服を要する場合もあります。服薬中止後の1年間は、甲状腺ホルモンの変動を生じることが多く、2~4ヶ月に1回の間隔で甲状腺機能の経過を確認する必要があります。投薬治療のみで寛解(投薬なしでの病状の安定)を長期に得られる方は、残念ながら多くはありません。バセドウ病の再発を認めた場合は治療を再開する必要があり、特に再発を繰り返す場合には根本的な治療法である手術やアイソトープ治療をおすすめしています。
【抗甲状腺薬の副作用】
抗甲状腺薬は、以下のような副作用を生じることがあります。
(1)かゆみ、皮疹
服薬開始後2~3週間以降で起こることが多く、約5%の方に生じる可能性があります。程度が軽い場合は抗アレルギー薬を一緒に服用することで内服継続できることもあります。抗アレルギー薬を併用しても改善しない場合や悪化する場合は、服薬を中止する必要があります。
(2)肝機能障害
抗甲状腺薬を飲み始めて2週間~3ヶ月目ぐらいまでに生じることが多く、その都度血液検査で確認する必要があります。甲状腺ホルモンの変動によっても肝機能は変動することがあるため、抗甲状腺薬による影響か、ホルモンの変動に由来するものかを見極めることが重要となります。当院での実際の頻度は約2.5%の方で投薬中止を検討する肝機能障害を認めており、なかでも特に重症な方の頻度は0.2%でした。薬剤の種類ではプロピルチオウラシル(チウラジール®/プロパジール®)のほうがチアマゾール(メルカゾール®)よりも頻度が高いといわれています。多くの場合、投薬を中止するだけで肝機能は軽快しますが、重症の肝機能障害では入院を必要とすることもあります。自覚症状では気づきにくいですが、服薬中に皮膚や眼球(白目の部分)が黄色く見えるなどがみられた場合は服薬を中止し、血液検査で肝機能を確認することが必要です。
(3)無顆粒球症(顆粒球減少症)
抗甲状腺薬を飲み始めて2週間~3ヶ月目くらいまでに生じることが多く、その都度血液検査で確認する必要があります。これは白血球のなかでも顆粒球という種類が非常に少なくなる状態です。顆粒球は、体内に侵入するウイルスや細菌から体を守る働きをするため、無顆粒球症(顆粒球減少症)ではそのような病原体の感染に対応できなくなることが問題となります。無症状で血液検査から発見されることもありますが、高熱や強いのどの痛みを伴うことも多くあります。当院での実際の頻度は約0.2%とまれですが、致命的となることもありますので、服薬中にこのような症状を認める場合は服薬を中止し、血液検査で白血球数(顆粒球数)を確認することが必要です。飲み始めから2週間~3ヶ月以内に起こることが多いですが、それ以後に起こる場合もあり注意が必要です。
甲状腺ホルモンを過剰分泌している甲状腺組織を外科的に切除し、甲状腺ホルモン過剰の状態を改善させる方法です。
日常生活の注意
甲状腺ホルモンの高い状態が続いている間は、心臓にも負担がかかり頻脈や不整脈が起こりやすいため、激しい運動や心拍数が上がる動作などは控えてください。 治療で甲状腺機能が正常になれば、運動を含め通常の生活が可能です。
食事について
食事制限はありません。昆布などヨウ素を含む海藻類も、普段どおり召し上がっていただいてかまいません。甲状腺ホルモンの過剰な時期は、代謝とともに食欲も増しています。ホルモンが低下してくると代謝は正常化しますが、食欲は低下しにくく、体重は増えやすくなります。体重増加は抗甲状腺薬の副作用ではありません。
定期的な通院
治療していく上で大切なのは定期的な通院です。薬による治療でも、内服が途切れると病気の状態は不安定になります。通院間隔は状況によってさまざまですが定期的な通院が必要です。
喫煙について
喫煙は眼症に対して悪影響なだけでなく、抗甲状腺薬による治療の効果も下げてしまいます。禁煙し、たばこの環境を避けるようにしましょう。
“甲状腺のしこり”を学問的に表現すると、「甲状腺結節(けっせつ)」です。
結節の種類には、良性腫瘍・悪性腫瘍・腫瘍様病変があります。甲状腺のしこりのうち「がん」である頻度はとても低く、大部分は「良性」です
一般的に、甲状腺結節はしこりがあるだけで、その他の自覚症状がないことが特徴です。まず、良性か悪性(がん)かの鑑別にポイントをおいた検査が行われます。
しこりの有無と大きさ、性状(硬さや広がり)などを調べるために、首の周囲(甲状腺の周辺部)の視診と触診を行います。
血液中の甲状腺ホルモンや、甲状腺組織で合成される蛋白質であるサイログロブリン(Tg)を測定します。
頚部超音波検査(エコー検査)
首の周囲に超音波検査具(プローブ)を当て超音波を発振し、返ってくる反射波(エコー)を画像化して診断します。しこりの大きさや形、位置だけでなく、悪性が疑われるかも判断します。
甲状腺のしこりに細い針を刺して細胞を取り、顕微鏡でその性質を判断します。使用する針は採血などに使われるのと同じ細さです。
X線を照射して体の内部を描き出し、主に周辺の臓器へのがんの広がりや転移の有無を調べます。いろいろな角度から体内の詳細な画像を連続的に撮影し、より詳しい情報を得ることができます。
良性結節(良性腫瘍+腺腫様病変)
甲状腺が大きくなった状態を一般に甲状腺腫と呼びます。その中で、部分的にしこりのようにはれる場合を「結節性甲状腺腫」といいます。結節性甲状腺腫の中には、良性と悪性が含まれますが、良性の結節には、濾胞腺腫(ろほうせんしゅ)、腺腫様甲状腺腫や、甲状腺のう胞(のうほう)が含まれます。濾胞腺腫が真の腫瘍であるのに対し、腺腫様甲状腺腫は甲状腺の細胞が増殖(過形成といいます)して、しこり状に発達しているものです。腺腫様甲状腺腫あるいは腺腫様結節の方が、濾胞腺腫より多くみられます。
◆濾胞腺腫
大きさは、触るとやっとわかる程度のものから、下が向けなくなるほど大きなものまであります。
ごくまれに、しこりが甲状腺ホルモンを過剰に産生し、バセドウ病のように甲状腺機能亢進症の症状を呈することがあります。 これを機能性甲状腺結節と呼び、以前はこの病気を初めて報告したアメリカの医師の名前をとって、プランマー病(中毒性単結節性甲状腺腫)と呼ばれていました。多結節の場合は中毒性多結節性甲状腺腫といいます。日本人にはまれといわれていましたが、最近は検査法の進歩により発見されることが多くなりました。
◆腺腫様甲状腺腫
腺腫様甲状腺腫は、甲状腺の細胞が増殖(過形成といいます)して、しこり状に発達しているものです。しこりが1個もしくはごく少数の場合には、腺腫様結節と呼ぶこともあります。ただ、血液検査や画像検査のみで濾胞腺腫と腺腫様甲状腺腫の二つのしこりを鑑別することは、かなり困難です。この病気は本来良性ですが、時には一部にがんが含まれていることがあります。そのため、担当医とご相談のうえ、必要な場合は手術などの鑑別診断を受けていただくことがあります。
◆甲状腺のう胞
甲状腺のう胞のうち、本当の意味でののう胞(真性のう胞)は少なく、ほとんどは、腺腫様甲状腺腫や濾胞腺腫の内部で変性や出血が起きて水風船の様に膨らんできた続発性のう胞です。ただ、どちらの場合も、臨床的には差がなく、のう胞として診断します。
良性結節の治療
しこりが良性の腫瘍であれば、多くの場合、治療をしなくても生活の支障となることはありません。ただし、しこりが大きく、目立って気になる場合には、手術や経皮的エタノール注入療法、さらにがんの可能性を否定できない場合も手術を考慮することもあります。
(1)手術
甲状腺結節が大きくなり、気管の圧迫が強いような場合、鎖骨の内側(縦隔内)に進展し下垂するようなときには、手術で切除することをおすすめしています。
◇「甲状腺片葉切除術」~「甲状腺全摘術」
甲状腺にできたしこりを取り除く治療法です。しこりの状況にもよりますが、原則的にはしこりがある側の甲状腺とともに切除します。その際、甲状腺の背側にある副甲状腺は体内に残すことを目指し、甲状腺とともに切除された場合でも体内(筋肉)に移植をし、術後副甲状腺機能低下症を避けるような手術をします。
(2)経皮的エタノール注入療法(Percutaneous Ethanol Injection Therapy;PEIT)
最近は「甲状腺のう胞」に対してのみ行っています。アルコールの一種であるエタノールを注入することによって結節を縮小させる治療方法です。
甲状腺がんは全てのがんの約1%程度です。男女比をみると1:3と女性に多く(全国がん罹患データによる)、ほかのがんに比べ進行が遅く多くは治りやすいことが大きな特徴です。
甲状腺がんには、乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、低分化がん、髄様がん、未分化がん、があります。それぞれの頻度は、乳頭がんが圧倒的に多く92.5%、濾胞がん4.8%、髄様がん1.3%、未分化がん1.4%と報告されています(甲状腺外科学会全国集計)。乳頭がんと濾胞がんは、細胞が成熟していて発育が遅いので、分化がんとも呼ばれます。
(1)乳頭がん
甲状腺がんの9割以上を占めるのが「乳頭がん」という、進行が遅くおとなしいがんです。通常、しこり以外の症状はほとんどありませんが、しこりが大きくなってくると、違和感、痛み、のみ込みにくさを感じたり、声のかすれ(嗄声)などの症状が現れることがあります。最近では、健康診断における頚部超音波検査などで甲状腺のしこりを指摘され病院を受診することもがんの発見率が多くなっている原因です。 乳頭がんは、遠くの臓器に転移することは多くありませんが、比較的早い時期から甲状腺周囲のリンパ節に転移することは少なくないため、中には、くびの側面にあるリンパ節がはれて異常に気づく人もいます。しかしリンパ節に転移しても、そこでの成長もゆっくりとしているので、この時点で治療をしても治ることが多いのが特徴です。当院での手術成績を見ても、乳頭がんの20年生存率は、90%を越えています。がんとしては、極めてよく治るがんといっていいでしょう。
(2)濾胞がん
甲状腺がんの5%ほどを占めています。乳頭がんと同様に、しこりがあるだけでほかには異常がない場合がほとんどです。このがんは、リンパ節への転移が少ないものの、肺や骨など遠いところに転移することがあります。ただ、進行が遅く、早期に治療をすれば、治る率はかなり高いがんです。当院での10年生存率は、89.9%になっています。
(5)未分化がん
未分化がんは非常に未熟な細胞であるため、発育が急速で悪性度の高いがんです。高齢者に多く、男女比は、1対2、甲状腺がんの1~2%くらいに発見されます。
下の図は年齢分布です。甲状腺がんは、若年者から高齢者まで各年齢にみられます。乳頭がん、濾胞がん40~60歳代に多くみられますが、未分化がんは60歳以上の方に多いことが特徴です。
一般に、若い人のがんは進行が早く、たちが悪いといわれますが、甲状腺がんの場合は例外です。よく治るがんであるからこそ、しこりに気づいた時はすぐに検査を受けてください。
甲状腺がんの場合は、手術が基本です。
(1)手術
がんの進行の度合いに応じて、甲状腺の切除範囲やリンパ節を切除する範囲を定めます。
◇甲状腺切除範囲 :「甲状腺片葉切除術」~「甲状腺全摘術」
◇リンパ節郭清範囲:「中央区域リンパ節郭清術」~「両側外側区域リンパ節郭清術」
病気の広がり具合(病巣の大きさや数、はれたリンパ節の場所)により甲状腺の切除する範囲やリンパ節を郭清する範囲が変わってきます。
バセドウ病や良性腫瘍の手術と同様に、副甲状腺は原則的に残すか、くびの筋肉に移植します。
(2) 放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)
甲状腺の細胞は、食物中のヨウ素を取り込み、それを材料として甲状腺ホルモンを作り血液中に分泌します。また放射性ヨウ素も食物中のヨウ素と同じように甲状腺に取り込まれ、甲状腺にとどまり放射線の力によって甲状腺細胞の数を減らします。
甲状腺がんのうち、分化がん(乳頭がん・濾胞がん)から転移した細胞には、正常な甲状腺細胞と同様に放射性ヨウ素を取り込む性質があります。甲状腺全摘後に放射性ヨウ素を内服すると転移した甲状腺がん細胞に取り込まれ、細胞内部からがん細胞を破壊します。
再発しても切除可能であれば、手術が最も確実な方法です。しかし、がんが肺など遠くの臓器に転移すると、多くの場合、手術での治療は難しく、放射性ヨウ素による治療(放射性ヨウ素内用療法)を行います。放射性ヨウ素は、甲状腺の機能検査やバセドウ病の治療にも使われますが、がん細胞は放射性ヨウ素を取り込む力が非常に弱いため、バセドウ病の治療より多くの放射性ヨウ素を使用します。
この治療は特別な設備が必要であり、実施できる施設は限られています。
亜急性甲状腺炎は甲状腺の痛みや発熱を伴い、甲状腺に炎症が起こる病気です。「亜急性」の症状は「急性」より長く続きますが、慢性的に続くわけではありません。男性より女性に多く、30~40歳代の女性に多く発症します。
亜急性甲状腺炎の原因はまだ明らかになっていません。風邪のような症状に続いて起こることが多く、発症にウイルスが関与しているのではないかと考えられていますが、結論はでていません。
亜急性甲状腺炎の症状は、炎症が強いときに一時的に現れますが自然に改善します。
(1)炎症による症状
・甲状腺の痛み
嚥下時や触ったときに痛みを感じるくらいの軽いものから、何もしなくても耳や胸まで放散するような強い痛みまで様々です。
・甲状腺のはれ
甲状腺全体や左右片方のみが硬くはれます。
はれも痛みも左から右など時間とともに位置が移動することが特徴的です。
・発熱
微熱~高熱様々です。発熱を明らかに認めない場合もあります。
(2)甲状腺ホルモンによる症状
甲状腺に炎症がおこると甲状腺ホルモンを作る濾胞細胞が壊れ、甲状腺内に蓄えられていた甲状腺ホルモンが血中に出てきます。そのため血中の甲状腺ホルモン値が高くなり、バセドウ病と似た動悸、息切れなどの症状が現れます。一時的な甲状腺ホルモン高値の時期がすぎると甲状腺ホルモンは一旦減り、その後次第に正常化します。
(1)血液検査
・炎症の指標であるCRPが高値となります。
・甲状腺の細胞が壊れるので、血液中の甲状腺ホルモンやサイログロブリンの値が高くなります。
(2)超音波検査
・甲状腺のはれや炎症性変化を認めます。
亜急性甲状腺炎の治療中は、運動は避けてできるだけ安静に過ごすようにしてください。 軽症例では、自然に軽快することもありますが、発熱や痛みが強いときやホルモン高値のため頻脈があるようなときは、症状に対して薬を服用します。
・発熱・痛みに対して
副腎皮質ホルモン(ステロイド薬)か非ステロイド性抗炎症薬を症状の程度で選択します。副腎皮質ホルモンは症状に合わせて通常2~3ヶ月間で徐々に薬の量を減らします。急な自己中断はせず、中止の指示があるまでは内服がなくなる前に受診してください。また、薬の減量中に症状が再燃する場合は、早めに受診してください。
・頻脈に対して
症状がある場合は脈を抑える薬を併用することもあります。
経過
ほとんどの方が2~3ヶ月で症状が消失し、甲状腺ホルモン値も正常化します。しかし、一部には甲状腺機能が低下したままになり、甲状腺ホルモン薬を内服しなければならない方もいます。再発は稀ですが10年以上経って起こることがあります。
痛みはありませんが甲状腺に炎症が起こり、内部に蓄えられていた甲状腺ホルモンが血液中にもれ出てくるために、一時的に甲状腺ホルモンが過剰になり、その後自然に軽快する病気です。ホルモンが高いときはバセドウ病と紛らわしい症状が出ることがあります。通常1~4ヶ月以内には自然に治ります。
甲状腺はさまざまな原因で大きくなることがあります。血液検査で甲状腺のホルモン、抗体ともに異常なく、超音波検査(エコー)で、甲状腺の働きやしこり、炎症もなくはれている以外に何の異常も見つからない場合、単純性びまん性甲状腺腫の診断となります。甲状腺が全体的にはれているだけの状態で原因は不明ですが、思春期(成長期)に多くみられます。しかし、甲状腺に異常が生じる前段階の可能性もあるため、定期的に検査し経過を観察することをおすすめしています。
海外では、ヨウ素の摂取が難しい地域があります。世界的に見るとヨウ素の欠乏地域はヨウ素を添加した塩などの使用により減少していますが、このヨウ素欠乏に該当する地域に長期間居住している場合は、ヨウ素が欠乏した食生活が甲状腺のはれに影響している場合もあります。
甲状腺がはれるという美容上の症状以外に症状はありません。
超音波検査(エコー)で甲状腺の大きさやしこりの有無を確認し、血液検査で甲状腺ホルモンの状態や抗体を調べます。どちらも異常がなければ、治療の必要はありません。定期的に血液検査や超音波検査(エコー)を行って、甲状腺機能の異常としこりの有無を検査し、ほかの甲状腺の病気がないことを確認する必要があります。
顕性(明らかな甲状腺ホルモンの異常を示している場合)の甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症では、不妊症との関係や流産率の上昇が報告されており、妊娠を希望している方は甲状腺機能を良好に調節することが大切です。
日常生活には差し支えない程度のごくわずかな潜在性甲状腺機能低下症でも、流産率が上昇する可能性が示唆されています。軽症の甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモンの補充を行うことによって妊娠率や流産率が改善したとの報告があります。
人工授精や体外受精を行って妊娠を考えている女性は、積極的に甲状腺機能異常の治療を行うことが提案されています。甲状腺と不妊に関する諸外国の研究や当院での集計結果をもとに、当院ではより安心で安全な妊娠・出産へ向け、甲状腺機能異常を見逃さないよう注意深く治療を行っています。
女性では橋本病の頻度は比較的高く、甲状腺機能低下症よりも甲状腺機能正常の橋本病の頻度が多いため、不妊治療や妊娠を機に初めて診断されることが多くなっています。
甲状腺機能が低下したままで妊娠すると、流産・早産のリスクが高くなります。
安全に妊娠・出産するためには、前もって甲状腺ホルモンを補充して、甲状腺ホルモンの値を正常にしておくことが大切です。
胎児の発育に甲状腺ホルモンは重要な役割を果たし、その甲状腺ホルモンは母体から胎盤を介して供給されるため、妊娠時は妊娠前と比べ甲状腺ホルモンの需要が増えます。妊娠を希望した場合、甲状腺ホルモンが正常範囲内であっても、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を指標に補充療法を開始することがあります。妊娠前から甲状腺ホルモン補充療法をしている場合も、妊娠後にも補充量の調整が必要です。補充療法で内服する甲状腺ホルモン薬(チラーヂンS®)が赤ちゃんに影響することはありませんので、内服は中止せず、妊娠が判明したら早めに受診してください。
産後、甲状腺ホルモン補充の量は妊娠前の量に戻します。補充療法継続の場合でも、授乳は差し支えありません。橋本病の方は産後に甲状腺機能が変化することが少なくありません。産後も定期的に通院してください。
バセドウ病は20~30歳代の女性に比較的多くみられる病気です。妊娠・出産については計画する段階で、その都度主治医と相談することが大切です。妊娠中は一般にバセドウ病は落ち着きやすくなりますが、産後は勢いが増すことが多いため、定期的に受診することが大切です。
バセドウ病の方の妊娠において最も大事なのは、甲状腺ホルモンが正常にコントロールされていることです。甲状腺ホルモンが高いままで妊娠すると、流産・早産のリスクが高くなります。安全な妊娠・出産のためには、前もって甲状腺ホルモンの値を正常にしておくことが大切です。
バセドウ病の治療は、一般に抗甲状腺薬(メルカゾール®、チウラジール®/プロパジール®)、無機ヨウ素の内服が中心です。妊娠初期(妊娠5~9週)の期間中のメルカゾール®内服で胎児に影響する可能性がわずかにあるため、妊娠希望の際には妊娠初期にどの薬で治療するのかを考えて準備する必要があります。また、バセドウ病の病勢が強い場合には妊娠前の段階で手術、もしくは1年以上妊娠が待てる場合にはアイソトープ治療へ変更し、病状の安定を待ってから妊娠を検討していただくこともあります。
甲状腺ホルモン薬(チラーヂンS®)は、妊娠中、授乳中の服用に問題ありません。
チウラジール®/プロパジール®は母乳への移行は少なく、原則授乳に制限はありません。メルカゾール®は少量であれば問題ありませんが、内服量が多い場合には母乳への移行を考慮する必要があり、授乳間隔を長くとる必要や人工栄養との混合栄養を検討いただきます。無機ヨウ素は乳汁中で濃縮されるため、授乳中の無機ヨウ素内服は原則行いません。 産後はバセドウ病の病勢が強くなりやすいため、定期的に通院し適切な治療をすることが大切です。
妊娠初期の甲状腺機能亢進症には、胎盤で作られる性腺刺激ホルモン(絨毛性ゴナドトロピン:hCG)による亢進症があります。このホルモンの濃度は妊娠中期になると低くなるため、自然によくなります。